
『悪魔の詩』訳者・五十嵐一殺人事件
1991年7月11日、茨城県つくば市の筑波大学構内で、英文学者で翻訳家の五十嵐一さん(当時44歳)が何者かに惨殺されるという衝撃的な事件が発生しました。五十嵐さんは、イスラム教への冒涜として世界的に物議を醸した小説『悪魔の詩』の日本語訳を担当した人物です。
事件の概要
事件が起きたのは、大学の研究室内。午前11時ごろ、同僚が研究室を訪ねたところ、首を切断寸前まで切り裂かれた五十嵐さんの遺体が発見されました。
胸や腹など十数か所を刃物で刺された上、首を激しく切られており、殺意の強さが伺える残虐な手口でした。
研究室に争った形跡はなく、金品にも手が付けられていなかったことから、怨恨や思想的動機による犯行が疑われています。
『悪魔の詩』と世界的反発
『悪魔の詩』は1988年、イギリスで出版されたサルマン・ラシュディの小説で、イスラム教の預言者ムハンマドに関する描写が冒涜的とされ、イスラム圏を中心に猛反発を受けました。
1989年、イランの最高指導者ホメイニ師が著者に対して死刑宣告(ファトワ)を発令。以降、翻訳者や出版関係者が襲撃される事件が世界各地で相次ぎました。
犯人像と不可解な点
- 犯人は五十嵐さんのスケジュールを把握していた可能性がある(犯行時間帯は研究室に一人になるタイミングだった)。
- 短時間で殺害を終え、何も盗らずに立ち去っていることから、プロの犯行や宗教的テロの可能性も否定できない。
- 警備が緩く、外部から侵入可能だった構内の状況が犯行を容易にした。
また、当時の警察発表では、思想的背景が動機とされる可能性にも言及されていましたが、実行犯は現在まで特定されておらず、事件は迷宮入りのままです。
世界各地での類似事件
- 1991年 イタリア:出版社社長襲撃未遂
- 1993年 ノルウェー:翻訳者ウィリアム・ナイゴード 銃撃(重傷)
いずれも『悪魔の詩』に関わった人物が標的となっています。
現在の状況
犯人は特定されておらず、動機や背後関係も不明。
日本国内での思想・宗教に関連する未解決事件として、今も大きな謎と恐怖を残しています。